自身のキッチンスタジオ「Atelier Story」には、お気に入りの急須や食器が並ぶ
フードコーディネート、メニュー・レシピ開発、執筆活動などなど、さまざまな分野で活躍するフードデザイナーの蓮池陽子さん。美味しさだけではなく、料理の作り手、みんなでいっしょに楽しく食べる時間を大切にしています。そんな蓮池さんのタクシーライフとは。
「 料理自体は90点でも、みんなで食べたら
100点になるレシピを作りたい 」
Q.まずはフードデザイナーとしての蓮池さんのお仕事についてお聞かせください。
レシピを作り、撮影のコーディネートまでする仕事が多いです。中でもアウトドア、キャンプや山ご飯の依頼が3分の1ほどを占めています。レシピを作る時には「もう1回作ってみたいな」と思ってもらえるように再現性を高めること、作り手がなるべく疲弊せず、食べる時にはいっしょに楽しい時間を過ごせるようなレシピを作ることを大切にしています。
また私の中では、食べる人たちそれぞれの90点を目指すようにしています。例えばパクチーが苦手な人がいたら抜いておくけれど、好きな人のために横に添えておきます。料理自体は90点かもしれないけれど、みんなで食べる時に100点になったらいいな、と思いながら、レシピを考えています。
「 長野に通って10年。育った場所を見れば
野菜や山菜のおいしさがわかるようになりました 」
Q.一時期、長野との二拠点生活をされていたと聞きました。今も行き来していますか?
10年ほど長野に移住した友人が、「こっちの山菜はすごく美味しい」と言うんです。半信半疑で行ってみたら、ものすごく美味しくって。それから毎年通うようになって、昨年の夏頃までの半年間は二拠点生活をしていました。山菜が採れる5、6月と、キノコの季節になる10、11月は月の半分近く長野に通っていますね。
美味しさの秘密は、雪にあるんですよね。長野の中でもすぐそこは新潟、というとても雪が多いエリアです。春先にふきのとうが出る頃にはまだ雪の中に隠れているので、日に当たりません。直射日光を浴びていないので、ひょこっと芽を出した時には黄色っぽい色をしていて、えぐみがすごく少ないんです。ホワイトアスパラのイメージですね。そうすると調理方法も大きく変わりますし、今では日の当たり方やそこに生えている植物をみて、ここは美味しそうだなとか、大体わかるようになりました。
Q.長野ではどんな生活をされていますか?
長野と東京では流れている時間が変わる気がします。東京にいる時は、最寄りの池袋駅から電車に乗ろうと思うとその前にデパートも通過するし、それだけでたくさんの情報が目や耳から入ってきます。長野にいる時は、天候や植物の情報は入ってくるけれど、それ以外は入ってきません。なので、大きくなっている葉を見たら「これで包んで何か料理できないかな」と調べてみたり。
「清々しい森を歩くだけでも気持ちが良いんです」長靴姿でキノコ狩りをする蓮池さん
東京ではよく外食にいきますが、長野では基本、全部自分で作ります。もしくは、誰かの家に行っておすそ分けをいただくか。全く違う生活ですが、同じなのはお酒があるということ(笑)。長野にもワインセラーを持って行ったんですよ。
「地元のお母さんのお惣菜と採れたてのキノコで、心も体も満たされます」(蓮池さん)
「『今日1日いいことがあるといいですね』
タクシー乗務員の一言で1日の気分が上がります 」
Q.長野にいる時は車がないと生活できないと思いますが、東京にいる時はどうされていますか?
料理や食材など荷物がたくさんあることが多いので、そういう時はタクシーを使います。自分で重い荷物を運んで1日のパフォーマンスが落ちるぐらいなら、タクシーに乗って温存したいと思うんです。多少お金がかかってもタクシーに乗って、高いパフォーマンスを発揮できた方が1日が有意義に過ごせますから。
でも、家までの道が複雑で狭いんですよね。なので私は明治通りまで出て、タクシーを家まで案内するようにしています。というのも、一度友人が近所の家のブロック塀に車をぶつけてしまったことがあったんです。私の家に来たことによって気分を害するのも気の毒だなと思いますし、誰にも1日を気分良く過ごしてもらいたいので、自分で車を拾いにいきますね。
東京でのケータリングやイベントで食材を運ぶときに、タクシーが役立っているそう
Q.お話を聞いていると、料理でも日々の生活でも、誰もが気持ちよく笑顔で過ごすことを大切にされているのがわかります。
一度明治通りからご案内した女性乗務員の方に「狭い道なので細かく指示を伝えさせてもらいますがすみません」と言いながら案内したことがあったんです。そうしたらその方は「私、狭い道は燃えるんです」と言われて(笑)そこから話が盛り上がって、30分間ずっとおしゃべりしながら、にこやかに過ごせました。すごく楽しかったのを覚えています。以前には、「こんな狭いところ来るんじゃなかった」と言われたこともあったので、言葉一つでこんなに変わるんだなあってしみじみ思いましたね。
この間も、目的地に着く直前まで、乗務員の方がメーターを入れ忘れていたことがありました。目的地について「最初の分も払います」と言ったら「いいですいいです。今日1日、いいことがあるといいですね」と言われたんですよね。朝、そんな一言を言ってもらったら、すごく気分がいいじゃないですか。自然とそういう言葉が出るっていいですよね。
蓮池陽子(はすいけ ようこ)
料理家。東京都出身。
山菜や貝を自ら採取する中で、美味しいものの背景や物語の存在に目覚める。
現在は「食の物語を紡ぐ」をテーマに、ケータリング、料理教室、フードコーディネート、
メニュー開発、執筆など幅広く活動中。
写真:鈴木智哉 文:平地紘子(mugichocolate株式会社)
※新型コロナウイルス感染予防対策を徹底の上、インタビュー・撮影を行いました。
撮影時のみ一時的にマスクを外しています。